家庭医のアプローチ①

家庭医として患者さんと関わっていく中で、病気とは何か・健康とは何か・死とは何か…など様々なことを見つめ直す日々です。
 
以前、家庭医は「生物心理社会モデル」という考え方で疾患にアプローチするという話をしたことがあります。
そのときは理論だけでしたが、今度はそれが実際に診療の場でどのように生きるかを見てみたいと思います。
わかりやすくするために、従来の「生物医学モデル」のみで考えるアプローチと比較してみましょう。
つまり「生物医学モデル」が普通の医者の診察風景、「生物心理社会モデル」が家庭医の診察風景となります。
 
さて、登場する患者さんは80歳の女性、川端さん(仮名)です。
高血圧で月1回診療所に通院し、血圧の薬を処方されています。
 
ではまず「生物医学モデル」の診察風景から。
医師はS診療所のイガDrです。イガDrは循環器の専門医で、2年前に開業。循環器疾患を中心に内科全般の患者さんをみている12年目の医師です。
川端さんはそんなS診療所イガDrの外来に通院して1年が経とうとしています。月1回の定期受診で高血圧の薬を処方してもらう以外には、たまに風邪でかかったりもしています。
さて、今回は…
 
イガDr(以下、イ)「こんにちは。今日はどうされました?(予約の日じゃないのにな)」
川端さん(以下、カ)「こんにちは。なんだかめまいがするんです。」
イ「ほう。めまいですか、いつ頃からどんな感じでしょうか。」
カ「1-2ヶ月前からでしょうかねえ、何となくふわふわするというか。頭がはっきりしないんです。」
イ「目の前がぐるぐる回るような感じではないですか?頭痛はしませんか?」
カ「いえ、ぐるぐる回ったりはしません。頭も痛くないです。」
イ「立ちくらみはありませんか?」
カ「あ、ありますね。立ち上がった時は特にそう感じます。」
…なるほど、とイガDrは考えます。めまいというのは、立ちくらみか。
 
立ちくらみは、寝た状態や座っている状態から急に立ち上がったときにおこる、一瞬気が遠くなるような感覚です。経験がある方も多いのではないかと思います。突然の姿勢の変化に体の対応が間に合わず、一時的に脳への血流を保てなくなるためではないかと考えられます。その場合、寝た状態と立った状態で血圧を比較すると立った状態の方が血圧が低くなっているのです。
要は、急に立ち上がったときに一時的に血圧が低下するために「ふわふわする」感じがするわけです。これを起立性低血圧といいます。
 
さて川端さんも血圧の変化を見てみると、立ち上がったときにやや血圧が低下し、ふわふわ感が出現することがわかりました。起立性低血圧があるようです。
起立性低血圧があることがわかったら、その原因を考えなくてはなりません。
よくある原因の一つは、体液量の減少です。体の中の水分が減ったためにちょっとした姿勢の変化だけで一時的に血圧が保てなくなるのです。そして体液量減少の原因としては、水分摂取不足、出血(特に胃や腸から)、下痢などが考えられます。
しかし川端さんはそのどれも当てはまりそうもありませんでした。
(うーん、困ったな)
と思いながら、過去のカルテ記載を見直してみると、ここのところ血圧は100前後で推移しています。
(!ああ、ちょっと血圧の薬が効きすぎているかな。減らす必要があるな。)
 
イ「川端さん、どうも血圧の薬が効きすぎて、それが立ちくらみやふわふわ感の原因になっているようです。血圧の薬を減らしましょう。今、血圧の薬を3種類も飲んでいますが、そのうちAを中止にします。明日からはAは飲まないでくださいね。」
カ「ああ、そうなんですか。わかりました。Aは飲まないようにします。」
 
イ「(よしよし、これで大丈夫だろう。)ではまた2週間後の定期受診のときに様子を教えてくださいね。」
カ「はい、わかりました。ありがとうございました。」
 
さて、その後・・・。
受診10日後、川端さんは自宅内で倒れているところをたまたま訪れた家族に発見され、救急車で病院に搬送されました。大腿骨頸部骨折(股関節部分の骨折です)で手術をすることになってしまいました。
 
その報告をうけたイガDrは…「ああ、そうかーーー。そういや、足腰は不安定だったもんなあ。寝たきりにならないといいけど。」
 
???
さあ、これでいいのでしょうか。
この川端さんを家庭医のイイDrが「生物心理社会モデル」でアプローチしたら、どうなるのでしょうか。
 
(続く)