診療ガイドラインと家庭医の専門性について

家庭医として患者さんと関わっていく中で、病気とは何か・健康とは何か・死とは何か…など様々なことを見つめ直す日々です。
 
医療の世界では、昨今は色々なガイドラインができて医療の標準化が図られていると言えます。
ガイドラインというのはある病気や治療法などについて、現時点での妥当な診療とされているものをまとめたものと言えるでしょう。厳密には厚生労働省委託事業であるMinds(マインズ)ガイドラインセンターホームページの”診療ガイドラインとは”が参考になります(http://minds.jcqhc.or.jp/n/st_1.php?page=4)。
「大腸癌治療ガイドライン」「糖尿病診療ガイドライン」「認知症疾患治療ガイドライン」「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」などなど。
 
これらは特に医師にとって診療の役に立つものですが、このガイドラインについて今回は2点指摘しておきたいと思います。
 
一つ目は、ガイドラインは患者の個別性を排除しているという点です。
これは上述のMindsホームページの”診療ガイドラインとは”に記載してあることです。
そこには「診療ガイドラインは、医療者の経験を否定するものではありません。またガイドラインに示されるのは一般的な診療方法であるため、必ずしも個々の患者の状況に当てはまるとは限りません。」と記されています。
これは非常に重要な点です。
診療ガイドラインは科学的根拠に基づいて、系統的な手順に則って作成された信頼できる文書ではあります。
「科学的根拠」というのは研究によって明らかにされたという意味ですが、そこに診療ガイドラインの限界があります。研究では、患者の個別性は排除されてしまうんですね。
例えば、ある降圧薬(血圧を下げる薬)Aに血圧を下げる効果があるのかを調べるための研究をするとしましょう。降圧薬Aを飲むグループ①とプラセボ(効果の全くない偽の薬)を飲むグループ②の2つに分けて、1ヶ月後にそれぞれ血圧がどれくらい下がるのかを調べるとします。この場合、研究に参加する人は「千葉県で農業を営む山中さん50歳男性」とか、「両親と娘夫婦と同居して、孫も合わせて8人分の家事を切り盛りする大島さん65歳女性」などとは認識されません。せいぜい、「糖尿病・喫煙歴のある50歳男性」とか「脂質異常症のある65歳」などくらいでしょう。基本的には被験者(研究に参加した人)は数値になります。血圧が150から130まで下がった人が何人、などというように。
血圧がどれくらい下がるかを知るための研究ですから、これは当然のことですね。
 
この研究は例え話ですが、このようにして科学的研究というのは患者の個別性が排除されるのだと言いたいのです。逆に、個別性を排除して考えるのが科学的研究であるとも言えますが…。
 
しかし実際の現場にいるのは名前があり、仕事があり、家族がある、生身の患者さんです。
ガイドラインがそのまま当てはまるとは限らないわけです。
患者さんの医学的問題、生活背景、社会背景などを考慮して、状況に応じて患者さんとも相談しながら治療方針を決めていくことが必要になります。
 
…これまで家庭医の専門性について語ってきた流れからいうと、以上のことは「家庭医が得意とするところです」などと言ってまとめるのではと思った人がいるかもしれません。
たしかに得意とするところではありますね。しかし専門性というほど大げさなものではないでしょう。
患者さんの背景を全く考慮せずにガイドライン通りにだけやっている医師、なんていないと思いますから。
 
家庭医の専門性については二つ目の指摘で触れられると思います。
次回。