症状がないのに薬を飲むというパラダイムシフト

家庭医として患者さんと関わっていく中で、病気とは何か・健康とは何か・死とは何か…など様々なことを見つめ直す日々です。
 
高血圧は、症状のない人に治療を始めた初の病気でした。
20世紀半ば以前は、医者は通常は症状のある人にしか薬を処方しませんでした。
しかし高血圧の出現?によってそれが変わります。
これまで健康上の悩みが無かった人に病気の診断が下され、薬が処方されるようになります。
「人」が「患者」になるわけです。
これはよく考えると非常に大きな出来事です。まさにパラダイムシフトと言っていいでしょう。
 
今でこそ当然のように高血圧の薬を飲み、高コレステロールの薬を飲み、高尿酸血症の薬を飲み、・・・無症状でも薬を飲んでいますが、実はこれはすごい変化だったはずです。
でもあまりに普通のことになりすぎて、それに疑問を持つことすらなくなっています。
当初持っていたはずの違和感。なぜ症状も無いのに薬を飲み続けなくてはならないのか。
 
もちろん、無症状の高血圧を治療することによって医学が大きな成果をあげたことは事実です。
日本の脳卒中の年齢調整死亡率は1960年代以降急速に低下しましたが、これには血圧水準の低下が大きく寄与していると考えられています。
 
このように高血圧の治療は予防的介入が非常に成功したいい例だと思います。
しかし一方で無症状の人に治療をする、つまり「人」を「患者」にすることの負の面も見ておかなくてはいけないとも考えます。
 
一つは、高血圧の治療で脳卒中が予防できて恩恵を受けた人がいる一方で、そうではない人がいるということ。別に高血圧の治療をされなくても脳卒中にならなかったはずの人もたくさんいるので(実はそういう人の方が多いので)、そういった人は高血圧の治療は無駄になったことになります。血圧が高いまま放置しても何ともなかったということなのですから。(でも誰が恩恵をうけたかは、もちろんわかりません。)
それらを計算に入れても、全体としてメリットがあるので治療が推奨されているということではありますが。
 
もうひとつは過剰診断というデメリットです。
これは癌検診などが問題になります。早期発見のための検診で、本当に早期の癌がみつかって助かる人がいる一方で、癌ではないのに侵襲的な検査をうけたり不要な治療をうけることになったりする人がいます。これも見過ごせない点です。これについてはまた別の機会で紹介できたらと思います。
 
症状がないのに治療をしたり、検査をすることについては本当にそれが必要なのか十分な吟味が必要だろうと思います。