無症状でも治療をする理由3

前回は以下のような文章で終わりました。
 
「要は、高血圧で脳卒中のリスクが高くなるのを承知で、多少血圧が高いのは目をつぶり塩分も油も気にせずに豚骨ラーメンを食べる!という選択肢も認めたい…ということです。(もちろん程度問題というのはあると思いますが。)
これも大切な視点だと思っています。」
 
こんな風に書くと、命がけで豚骨ラーメンを食べるみたいですが、実際はそこまででもありません。
 
そもそも血圧が(例えば)150を超える人のほとんどが脳梗塞になり、それ以下の人は全然ならないと違いが明らかならば、治療するしないについてあまり考える余地はないでしょう。血圧が高い人は脳梗塞になりたくなければ治療するしかない。ですから血圧を150以下にするために生活習慣を改善したり治療薬を飲むことにそれほど抵抗はないでしょう。
 
でも実際はそう単純でもない。
高血圧の人で脳梗塞になる人もいれば、ならない人もいる。
高血圧ではない人でも脳梗塞になる人もいれば、ならない人もいる。
当たり前と言えば当たり前です。
 
あと問題になるのは、その割合です。血圧が高い人と、そうでない人でどれくらい脳梗塞になる率が違うのか。
”名郷直樹著「健康第一」は間違っている 筑摩書房  p102-103”から引用してみます。
それによると50歳代の男性2000人を高血圧の有無、脳卒中罹患の有無で分けると以下のようになるそうです。
 
 
脳卒中あり
脳卒中なし
血圧130以上
10
990
血圧130未満
3
997
 
これは血圧130以上と130未満とで脳卒中になる人の割合が10/3=3.333で、約3倍も違うといえます。
また、血圧130未満の人が脳卒中になる割合は3/1000で0.3%、血圧130以上の場合は10/1000で1%ですから、その差は1-0.3=0.7で0.7%多いとも言えます。
3倍の違いと0.7%の違いではだいぶ印象は違うでしょうか。
 
これをどのように感じるかは個人差があると思いますが、少なくとも50代の男性は高血圧の有無に関係なくほとんどの人は脳卒中にはならないということはいえます。
また、これは1年間で脳卒中をおこすかどうかの率なので、10年というタイムスパンで考えれば10倍程度にはなりますがそれでも全体の90%は血圧に関係なく脳卒中にはならないわけです。
 
こう考えると、冒頭の「豚骨ラーメンを食べる」ことはそれほど自殺行為でもないことがわかります。血圧が高くなろうとも脳卒中になる率は断然低いのですから。
 
自分自身は医師として脳卒中の後遺症で不自由な生活をされている方を多くみており、同じように苦しむ人ができるだけ少なくなるよう最前を尽くしたいと思います。そのために高血圧治療をしています。
そして医師はリスクをできるだけ下げようとするがゆえに厳格な血圧コントロールを、と薬を処方したり生活習慣の改善を求めるわけです。それが患者さんのためであると信じて。
 
しかし上記の表の結果からすると、多くの人は血圧と関係なく脳卒中にはならないわけですからその人たちにとっては高血圧の治療はある意味無駄といえないこともない。
それどころかその行為は将来脳卒中にならない大多数の人の生活を犠牲にしているとも言える、といったら大げさでしょうか。(誰が脳卒中になるかわからないから仕方がないのですが。)
 
もちろん高血圧を治療して脳卒中を予防するとはそのようなものであることはわかります。
ですから血圧が高い人に対して何らかの介入は必要でしょう。ただどのように介入するかは年齢や性別、血圧がどれくらい高いか、によって変わってきます。
でも高血圧の治療をするのは善いこと、治療しないのは悪いこと、のような単純には考えないようにしたいと思っています。
 
今回は高血圧を例に無症状でも治療をすることの意味について考えてみましたが、このようなことはどの病気の治療でも、あるいは予防的な行為でもいえるでしょう。
医療者が介入することで、ある人が患者さんになりその生活に大きな影響を与えるということは常に頭にいれておきたいところです。