医療機関を受診するとき

今日はどうされましたか?
診察のまずはじめに、医師からこんな言葉をかけられます。
 
「熱がでちゃって」「咳が止まらないんですよ」「いつもの薬をもらいにきました」
いろいろとあると思います。
これらを主訴(しゅそ)といって、要は患者さんが一番困っていることです。
この「主訴」は非常に重要で、これが病気の診断をしていく入り口になります。
例えば「咳が止まらない」だったら、考えられる病気としてウイルス性上気道炎(いわゆる風邪)・肺炎・喘息などなど…まだまだたくさんありますが咳をおこしうる病気を考えるわけです。
しかし主訴があいまいだったり、その病気には珍しい主訴だったりすると診断は難しくなります。
例えば「なんとなく気分が悪い」が主訴だと考えられる病気は膨大ですから、どんな風に気分が悪いのかをより詳しく聞く必要があります。
また、目の病気なのに「頭が痛い」という主訴の場合は注意しないと見逃す恐れがあります。
このように主訴をしっかり把握するということはとても重要なのです。
 
そして主訴と並んでもう一つ非常に大事なことがあります。
それは受診理由です。どうして今病院(あるいは診療所)を受診したのかということです。
え、それは困っていることがあるからじゃないの、それが主訴でしたよね?と思われる方もいるかもしれません。
確かに主訴がすなわち受診理由ということもあるでしょう。
例えば数日前から熱がでているといって受診された人がいたとします。熱で困っているから受診したと。熱の原因を教えてほしい、治療してほしいと思っている。この場合は非常にシンプルです。医師は熱の原因と考えられることを伝えて、薬の処方や生活上のアドバイスなどをする。そうすることで患者さんも満足して帰ってもらえるでしょう。
 
しかしそうでない場合もあります。
同じように熱がでているといって受診された人で、40歳代の男性がいたとします。通常通り診察をして、風邪でしょう心配ありませんよと丁寧に説明をし、解熱薬を処方して診察を終えようとしてもその人は何かすっきりしない表情です。
実はこの方、職場でインフルエンザが流行だしており自分もそうではないかと心配しており、しかもインフルエンザ検査をして確認してからでないと通勤しにくいなあと思っていたのです。つまりこの人が受診をした理由は単に熱の原因を知りたかっただけではなく「インフルエンザの検査をしてほしかった」というわけです。
 
また、頭痛でやってきた人がいて、医学的な判断としては片頭痛だと考えられたためその説明をして薬を処方しようと思っても何か不安そうにしているという場合。
この人は最近友人で単なる頭痛だと思っていたら実はくも膜下出血だったという人がいて、自分もそうではないかと心配だったのです。
この人の場合の受診理由は、「この頭痛がくも膜下出血ではないか心配」というものでした。
 
胃の調子が悪いといって受診された人で、最近兄弟を食道癌でなくしたため内視鏡の検査をしてほしいと希望された場合もありました。
 
このように主訴、たとえば発熱・頭痛などの訴えが患者さんが受診した理由とは限らない場合もあります。
 
つまり患者さんが医療機関を受診するという行動には、体の不調以外にも色々な要因が関係しているということでしょう。それは例えば職場への影響だったり、家族の病気だったり、その人の生活背景・社会背景が大きく関わるわけです。
ですから、なぜこの人が今受診したのか、この人の生活背景・社会背景がどんなものなのかを知ることは診療をする上でとても重要なことだと思っています。
 
一般の人からみたら、そんなことは当たり前だと思うかもしれません。
でも医師というのはまずは医学的なことを検証し正しい診断と治療をしようとしますから、一旦は患者さんの個別の事情(生活背景・社会背景)からは離れて思考するのです。その後、個別の事情も含めた思考に戻ればいいのですが、そうしない医師もいるでしょうし考える余裕のない場合もあるでしょう。
そうして、そのまま個別の事情から離れたまま対応すれば、患者さんによっては不十分な診療となるのかもしれません。
一度離れた個々の患者さんの全体像に再び思いをめぐらせることを忘れないようにしたいものです。