薬を使わないという選択肢

インフルエンザが流行しています。
私の勤務する診療所でもぼちぼち増えてきています。
 
インフルエンザ診療で医療者の間でしばしば問題となるが、抗インフルエンザ薬を使うか否かということです。いや、実際には「しばしば」かどうかはわかりません。私の周りにそういう人間が多いだけかもしれないです。
ただ数年前にタミフル(抗インフルエンザ薬のひとつ)で異常行動の疑いありと大々的に報道されたときには少なからず安易な抗インフルエンザ薬の処方について議論が起きたことは事実です。その後、新しい抗インフルエンザ薬が発売され、最近はそのような事件も起きないのであまり話題に上っていない印象ですが。
そこで今回はタミフルをはじめとする抗インフルエンザ薬を使うことの是非について考えてみたいと思います。
しかし患者さん側からすると、「抗インフルエンザ薬を使うことの是非について考えてみたい」ということの是非、はどうなんだと思われるかもしれません。ある病気に対して有効な薬がある。その薬をその病気にかかった人に使うことに是非があるのか、と。
確かに言いたいことはよくわかります。インフルエンザにかかった人の多くは特別にこだわりがない場合、薬があるなら使うという選択肢をとるのではないでしょうか。それ自体を悪いとは言えない。
ではどうして「安易な抗インフルエンザ薬処方」が問題になるのか。
まずはその理由を列挙してみたいと思います。
 
抗インフルエンザ薬は安易に投与すべきでないとする理由
  1. インフルエンザウイルスが薬に対して耐性を獲得し、薬が効かなくなる恐れがある。
  2. そもそもインフルエンザは健康な人であれば短期間で自然軽快する病気である
  3. 薬を使っても症状改善を1日程度早めるだけである
 
これらは抗インフルエンザ薬を安易に投与べきでない、と主張する場合によく言われることで、ネットなどでも書かれていると思います。
実際には1の耐性獲得が最も問題視されるところでしょう。特に大きな病気のない、いわゆる健康な人にタミフルがたくさん処方されたために薬剤の効かないインフルエンザウイルスが出てくることは問題です。本当は薬がなくても自然軽快する健康な人に使ったがために、本当に薬が必要な人(高齢者・小児、喘息等持病がある人、免疫力の弱い人)に薬が効かなくなることがよくないのです。
 
2、3については、4−5日で自然軽快するといわれてもつらい症状を1日でも早く治したいという人には説得しにくいなあと思います。たとえ耐性獲得の話をしても、そういうことを自分のことと受け止めて行動を変える人は少ないでしょう。
 
それに、上述のとおり薬が容易に手に入るのにあえてそれを使わないという発想をすること自体が難しいと思います。
これだけ毎年インフルエンザがニュースでとりあげられ、時には重症となる例やインフルエンザによる死亡例などの報道もされるのです。インフルエンザは怖い病気だと思って、他の人にうつさないためにも速く治したいと考えるのは当然でしょう。
つまり色々な報道や情報リソースの中に、健康な人には抗インフルエンザ薬を使う必要はないということがほとんど強調されていないことが問題です。厚生労働省のホームページにも、日本感染症学会の提言にも、そういった情報はほとんどありません。
 
薬を使わないという選択肢は提示されていない。
安易な抗インフルエンザ薬の投与で最も問題にしたいのはこの点です。
もちろん、薬を飲みたいという理由もわかります。以下、私の考える薬を使いたい理由です。
 
抗インフルエンザ薬を使いたい理由
  1. 1日でも早く症状を改善したい (学校に行きたい、職場復帰したい)
  2. 家族にうつしたくない
  3. 身近に高齢者、乳児がいるのでうつしたくない
  4. 薬があるのだから使いたい
 
3の場合には薬をつかう必要はあるだろうと思います。
2は難しいところです…。
1、4の理由であれば耐性ウイルスの出現のことを考えて使用はできるだけ控えたい。
しかしインフルエンザ薬の情報、感染拡大の情報が圧倒的すぎて、安易な抗インフルエンザ薬の耐性獲得による問題なんて吹き飛ばされてしまっています。そのために薬をつかうことが当然という流れは止まりません。
 
あるものをあえて使わないというのは難しいことですが、薬を使わないという選択肢についても考える必要があると思います。